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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8085号 判決

原告 武元忠義

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外七名

主文

一、被告は原告に対し金一九四、八七二、一二七円およびこれに対する昭和三五年一〇月二日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

一、原被告双方の申立および主張は、別紙要約書に記載のとおりである。

二、証拠関係〈省略〉

別紙 要約書

目次

第一部  原告の申立および主張

一、請求の趣旨

二、請求の原因

第一、原告の鉱業権取得

一、原告は本件鉱区の鉱業権者である

二、右鉱業権は承継取得による

第二、原告の鉱区開発事業とその挫折

一、(一) 原告の本件鉱区施業案の申請、認可の経緯

(二) 本件鉱区地表上の施設(特に板付飛行場を中心として)について

(三)(1)  板付飛行場接収の経緯

(2)  平和条約発効後の右飛行場の使用状況

二、原告申請の施業案に対する福岡通産局長の措置

(一)  仝局石炭部長名義の修正命令

(1)  昭30、2、21、申請の施業案に対する措置

(昭30、4、19、修正命令、後日口頭による修正命令)

(2)  昭27、10、1、付認可施業案の一部採掘禁止指示(後日変更申請、認可)

(二)  仝局石炭部長名義の採掘停止命令

(三)  仝 の施業案修正命令とこれが認可

(1)  昭31、9、17、申請認可保留中の分について修正命令

(2)  昭31、10、8、認可、但し採掘可能区域と採炭量の滅少

(四)  飛行場敷地下の採掘禁止

(1)  昭31、9、10、申請(ワラシ層分)

(2)  昭37、2、15、付不認可処分

(五)  第二坑の採掘制限

(1)  昭30、8、31、ワラシ層下の井野五尺層について認可

(2)  右についての変更申請、仝認可

(3)  昭33、11、1、申請(最終分)仝認可

三、前二項程度の認可では閉山を余儀なくされた

第三、被告の損害賠償義務

一、被告の違法行為の総論

二、福岡調達局長の違法行為

(一)  仝局長のとるべき適法行為の内容

(二)  仝局長の権利濫用(違法行為)=基地提供行為

(三)  仮りに右基地提供行為が権利の濫用でないとするも、損害の填補なき限り違法性を帯びる

三、福岡通産局長の違法行為

(一)  各種処分の違法性(法令上の根拠なき権限外の行為である)

(二)  昭37、2、15、付不認可処分(その不認可理由とした事項については処分権限なし)

四、被告の損害賠償責任の根源

第四、損害額の算定

第五、被告の主張に対する反論

一、いわゆる行政指導又は勧告にすぎず、行政処分でないとの主張について

二、鉱業法上も通産局長は地上施設に対する影響を理由に不認可処分をなし得るとの主張について

三、講和条約発効前の占領軍の行為が原因であつて、被告(調達局長)の責任でない、との主張について

四、消滅時効の主張について

(一)  右についての反論

(二)  (再抗弁=時効利益の放棄)

第二部 被告の申立および主張

請求の趣旨に対する答弁

請求の原因に対する認否および主張

(請求原因に対する各認否)

(抗弁)

(再抗弁に対する認否)

以上

原告の申立および主張

(請求の趣旨)

一、被告は原告に対し金五億九百四十三万九千円および、これに対する昭和三五年一〇月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

第一、原告の鉱業権取得

一、原告は、福岡市下月隈五二四番地所在の富士月隈炭鉱の経営者であり、鉱区番号福採登第一五四八号および仝第一五五七号の鉱業権者である。

右鉱業権は福岡通商産業局(以下通産局と略称)の鉱業権登録簿に登録番号第一五四八号(八九、五四七坪)および第一、五五七号(二七八、三八四坪)として登録されている石炭採掘権で、福岡市東部の丘陵地帯から板付飛行場にかけての地下を東から、第一五四八号、第一五五七号の順に連つている(別紙図面〈省略〉第二および参考図〈省略〉参照)。

二、原告は別表一記載のような経過で本件鉱業権を取得し、その結果、前鉱業権者の鉱業法上の権利義務一切を承継した(鉱業法第九条)。

第二、原告の鉱区開発事業とその挫折

一、(一) 原告は昭和二九年初頃から、右鉱区の長期開発計画を樹て、前鉱業権者の時代に、仝二三年三月二日付および仝二七年一〇月一日付をもつて福岡通産局長の認可を得ていた各施業案を襲用し、翌三〇年五月頃から右鉱区の完全開発に着手した。これら本件鉱区に関する施業案の申請、認可等の経緯は別表二のとおりである。

(二)、ところが、これより先、被告の所管行政庁である福岡調達局(昭和二二年八月までは福岡県知事)においては昭和二四年四月頃から本件鉱区地表上の山間部各所の土地を次のとおり米軍に提供し、射撃場、地下格納庫、オイルタンクおよび弾薬置場などの飛行場付属施設の用地として使用させ、米軍又は調達局自からの施工により、これら工作物を設置していた。

(1)  射撃場敷地

オイルタンク地区 昭24、4月頃

弾薬庫敷地

(2)  給水施設用地(地役権)昭26、11月頃

右付属施設(所在位置は別紙図面第一参照)は、いづれも敷地接収後、昭和二七年一一月頃までの間に設置されたものであり、そのうち最も設置の遅かつたオイルタンク(六基)も昭和二六年一〇月頃から同二七年一一月頃までの間に半地下式に埋設されたもので、直径六メートルないし二六メートル、高さ六メートルの大きさである。

(三)(1)  元来板付基地区域の敷地は多数の所有者よりなる私有地であるが、昭和一九年二月、旧日本陸軍が現在の飛行場敷地の大半を買収し、終戦当時既に施設がほぼ完成していたが、仝二〇年八月一八日、所有者等との間に右売買契約を解約し返還した。

ところが仝年一一月二九日、仝飛行場を米占領軍が接収使用し、その後、飛行場区域を拡張し、併せて昭和二四年四月一日付指令(いわゆる調達要求)をもつて、これと隣接するいわゆる山間部をも接収して前述のとおり、射撃場、地下格納庫及びオイルタンク等を新設し、昭和二七年一一月ごろ(同月二〇日、最後のオイルタンク竣工)までにこれを完成せしめた。

以上の板付基地の飛行場区域および山間部は、いずれも連合国最高司令官が占領目的遂行のため必要があるものとして、日本政府に指令して提供を命じたものであるから、平和条約前にあつては、被告は指令に従つて、これを提供する事務手続きを行つていたに過ぎなかつたといえよう。

(2)  しかしながら、講和に際し締結された平和条約により、連合国のすべての占領軍は、条約の発効後九〇日以内に国外に撤退し、併せて接収地域を返還することとなつた(日本国との平和条約第六条(a)及び(c)項)。

しかるに政府は講和と同時に米国との間に安全保障条約を締結し、またこれに基づく行政協定を結び国内に米軍の駐留することを希望し、基地の提供を約束し、その結果、板付基地もあらためて駐留軍の用に供するため政府により提供せられることとなつた。

この安全保障条約締結以後の政府による板付基地の提供行為は、占領期間中のそれとは異り、政府がその責任において、みずから進んで行つたものであり、このため被告の所管行政庁たる福岡調達局長は、板付基地区域の土地をそれぞれ所有者より被告の負担において賃借し、その使用権を得たうえ、これを駐留軍に使用せしめている。

二、そのため被告の所管行政庁である福岡通産局長は、右地上施設に対する影響を理由に、原告が認可申請をした施業案に対し、自己もしくは石炭部長名義をもつて次のとおり施業案の修正を命令し、既に認可した施業案による採掘の停止を命じ、最後は不認可処分をも行なつた。すなわち

(一) 福岡通産局石炭部長名義の修正命令

(1)  昭和三〇年四月一九日付文書(三〇福通炭業第五八号甲第一一号証)およびこれに基く口頭の指示により昭和三〇年二月二一日付申請施業案の「採炭方法」「作業の安全その他人に対する危害予防に関する事項」の一部修正を命じた。

その内容は採炭方法のうち「本卸を鉱区線迄三四〇米」とあるを「地上物件の五五度破断角線まで」と、また「斜卸を三八〇米迄」とあるを「二八〇米迄」と各修正を命じ、その結果埋蔵炭量、可採炭量を減少せしめた。そこで原告は止むなく右指示に従い、右の施業案を修正のうえ認可を待つた(甲第一二号証の一乃至四)。

(2)  また昭和二七年一〇月一日付認可施業案の採掘計画範囲のうち、地上米軍施設に対する五五度破断角線内(別紙図面参照)について前述のように採掘禁止を指示したので、原告は止むなく右の禁止地域に触れない他の鉱区部分を他の方法により採掘すべく、あらためて昭和三一年四月二三日、採掘権に関する変更追加施業案の認可申請(甲第一三号証の一乃至三)を行い、昭和三一年五月二一日、その認可を得た。(三一福通炭業認第一四八号-甲第一四号証)

(二) 同石炭部長名義の認可保留採掘停止命令

昭和三一年五月二三日付文書(三一福通炭業第五八号-甲第一五号証-)をもつて原告に対し、昭和三〇年二月二一日付申請の施業案は申請区域地上の米軍施設への影響を考慮して認可を保留し、なお昭和二七年一〇月一日付の認可施業案に基く採掘も前記の口頭で採掘禁止を指示した部分については同局の指示があるまで一切停止することを命令した。

(三) 福岡通産局長の施業案修正命令と認可

(1)  昭和三一年九月一七日付文書(三一福通炭業第一一一四号-甲第一六号証-)をもつて原告に対し、昭和三〇年二月二一日付申請の認可保留中の施業案は、申請区域地上の米駐留軍施設に対する影響を考え、右地上物件に対し五五度破断角線内は不可掘区域とするという理由で、これにそつて施業案の修正を命令した。

(2)  そこで原告は右命令に従い最終的に本抗の施業案を修正し(甲第一七号証の一乃至四)、昭和三一年一〇月八日福岡通産局長の認可を受けた(三一福通炭業認第五八号-甲第一八号証-)が、これにより本件鉱区の採掘可能地域、ひいては採炭量が減少した。

(四) 飛行場敷地下の採掘禁止

(1)  原告は昭和三一年九月一〇日、福岡通産局長に対し、板付飛行場敷地下のワラシ層(別紙図面第二の黄線内)について採掘計画を樹て施業案の認可を申請した(甲第二七号証の一乃至三)

(2)  福岡通産局長は五年余にわたり処分を保留した後、昭和三七年二月一五日に至り三七福通炭業第一九二号をもつて右施業案による採掘は地上施設に重大な鉱害を生じるおそれがある、との理由で、これを不認可とした。

(五) 第二抗の採掘制限

(1)  原告は昭和三〇年五月二六日福岡通産局長に対し、駐留軍施設の存在しない別紙図面第二の青線部分についてワラシ層の下にある井野五尺層の採掘を計画し、その施業案の認可を申請(甲第十九号証の一乃至三)し、昭和三〇年八月三一日その認可をうけた(三〇福通炭業認第一六六号=甲第二〇号証)

(2)  原告は昭和三〇年八月三一日付認可の施業案変更の認可申請をし、(甲第二一号証の一乃至五)、昭和三一年一一月一五日その認可をうけた、(三一福通炭業認第三七六号=甲第二二号証)。

しかしながら右変更も(1) の認可施業案の採掘区域を幾らか拡張することはできたものの、福岡通産局長の命令により駐留軍施設に対する五五度破断角線までで掘進を止めるように立案せざるを得なかつたものである。

(3)  なお第二坑の最終の施業案は昭和三三年一一月一日認可申請をし(甲第二四号証の一乃至四)昭和三四年一月十三日認可をうけた。(三三福通炭業認第七七七号=甲第二六号証)

三、このように同通産局長による採掘の禁止および施業案修正命令による不可掘区域は本件鉱区面積の実に八〇%以上にわたるものであり、原告は、これにより最後の不認可処分をまつまでもなく閉山を余儀なくせられるに至つたものである。

すなわち原告は可採区域の減少にともない止むなく昭和三二年二月本件鉱区の本坑の使用を、仝年一一月には新排気坑の使用を夫々停止し、仝三五年九月には第二坑もまた前記福岡通産局長の通達による採掘禁止地点(所謂破断角線)に到達したため掘採すべき区域を失い仝三五年一〇月二日、完全に閉山せざるを得なくなつたもので、右閉山は本件鉱区の最も重要部分である前記既認可施業案の区域および申請中の稼業予定区域の採掘を禁止された以上更らに採掘事業を継続することは不可能であるからである。これら不可掘区域は別紙図面第一第二表示のとおりである。

第三、被告の損害賠償義務

一、以上の経緯により明らかなとおり、被告(所管庁、調達庁)は、本件鉱区上の土地を駐留軍の用に供する飛行場の施設に提供すれば当然に本件鉱業権の実施が不可能となることを知つているにかかわらず、本件鉱業権に対し何等収用その他正規の手続を行なうことなく、前叙の如く鉱区上の土地を駐留軍に提供し、その用に供するオイルタンク等の工作物を設置し、または米軍をして設置せしめたため、本件鉱業権を違法に侵害し、原告に対し後記算定どおりの損害を蒙らせたものである。

すなわち板付基地は安全保障条約に基く行政協定により講和条約発効後、日本政府が、その責任において自ら進んで各土地所有者から賃借し、駐留軍に使用せしめるに至つた後は、その付属施設も含めて、わが国の安全竝びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため(相互協力及び安全保障条約第六条)の施設となつたものであるから、被告は板付基地区域の土地の間接占有者として、その占有権の行使につき不法があり他人に損害を加えた場合には、不法行為上の責任を負うべきものである。

二、福岡調達局長の違法行為

(一)  福岡調達局長は講和条約発効後、あらためて政府が本件鉱区上の土地を基地として駐留軍に提供する以前に、鉱業権者たる原告に対し然るべき措置を講じ、その損害を防止すべき職責があり、この場合同局長の講ずべき措置としては、次の三通り、すなわち

(1)  駐留軍施設に対する五五度破断角線内の区域につき、原告との私法上の契約により当該区域の鉱業権を買収したうえこれを放棄するか(駐留軍の用に供する土地等の損失補償要綱=昭和二七年七月四日閣議決定=は、この方法を予定している)

(2)  「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」を発動して、当該区域の鉱業権につき補償を支払つたうえこれが消滅収用の手続をとるか

(3)  福岡通産局長に対し、鉱業法第五三条の規定による鉱区の当該部分の減少の処分をし、同法五三条の二による補償をするよう職権の発動を促すか

のいずれか一によるほかはなく、このような措置を講ずることは、国の行政方針であるとともに、現在の社会通念である。

(二)  しかるに福岡調達局長は、その基地提供行為により、原告の鉱業の施業が妨げられるに至るであろうこと並びに福岡通産局長において原告主張の如き違法な挙に出ることをあらかじめ予見し得たにかゝわらず、前記(1) 乃至(3) のいずれの措置をも講ずることなく、遂に原告をして閉山の余儀なきに至らしめ、原告に多大の損害を与えたものである。

原告の右損害は仝局長の権利の濫用に基づいて生じたものにほかならず、社会通念上とうてい受忍できない筋合のものである。

(三)  仮に、同局長の右基地提供行為が権利の濫用たるの評価を受け難いものであるとしても、本件損害を填補しない限り、福岡調達局長の右提供行為は原告との関係において違法性を帯びるものである。

すなわち、本件鉱区のうち、駐留軍施設に対する五五度破断角線内の区域の採掘ができなくなつたのは、同地上に駐留軍の施設が存在するためであり、それは同局長が地上の占有権を得たうえ、これを駐留軍に提供し使用せしめているからにほかならない。しかしながら、一定の権利の行使といえども、その結果他人に損害を生ぜしめる場合には、因つて生ずる損害を填補しない限り当該権利行使自体が違法となる例は少くない。

ちなみに、国の立法政策及び政府の行政方針において「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」は、本件のように鉱区上に駐留軍の施設がもうけられる場合を予想し、その損失を補償したうえこれを収用できる(同法第二条、第三条)こととし、また「駐留軍の用に供する土地等の損失補償等要綱(昭和二七年七月四日閣議決定)」もまたこのような場合に鉱業権を補償する方針を樹てている。このことは駐留軍へ施設の提供をすることにより鉱業権者に損害を与える場合には、その損害を填補すべきであることが政府の方針であるに止まらず、社会通念でもあるからに外ならないのである。

従つて、福岡調達局長が、前記の如き然るべき措置を講ぜず本件鉱区上の土地を占有し、これを基地に提供した結果、原告に対し本件損害を蒙らせたのは違法な侵害行為といわなければならない。

三、福岡通産局長の違法行為

(一)  福岡通産局長が原告に対し、採掘を禁止し、施業案の採掘予定区域の修正を命じ、および施業案認可申請の認可、不認可処分を遅延せしめた行為は、いづれも違法なものである。

(1)  既に述べたとおり、仝局長は原告に対し、昭和三一年五月二三日付同局石炭部長名義の文書をもつて認可済の施業案の採掘計画範囲のうち、米軍施設に対する五五度破断角線内に該当する区域の採掘行為一切を禁止した。

しかしながら、同局長には、認可を経た施業案に基き適法に操業している原告に対し、認可区域内の採掘を、その後に及んで禁止し得る鉱業法上の権限は全く存しない。若しも板付基地の存在の故に原告の採掘を差し止めたいのであれば、同施設は鉱業法第五三条にいうところの公共の用に供する施設であるから、同法により鉱区の該当部分の減少の処分をなすほかはない。同局長が鉱区減少の処分をあえて採ろうとしなかつたのは、同法第五三条の二の規定による補償を回避しようとしたためであると考えざるを得ない。

(2)  同局長はまた、原告が申請した施業案(昭和三〇年二月二一日付申請)に対し、その認可を一年半余も留保したうえ、昭和三一年九月一七日付文書をもつて前記破断角線内を不可掘区域とするよう施業案の修正を命じた。しかしながらこの命令もまた違法である。

鉱業法が採掘権者に対し、あらかじめ施業案の作成を要求し、通産局長の認可を受けしめ、この認可を受けた施業案によらなければ鉱業を行つてはならないと規定する(同法第六三条)のは、鉱物が限られた国土の地下資源であり、かつその採掘には危険が伴い易いことにかんがみ、採掘権者をして鉱物資源を合理的に開発せしめ併せて鉱山の保安を全うせしめるため、これに副うような計画を樹てさせるにある。施業案の認可制度がこのようなものである以上、通産局長においては、申請にかかる施業案が開発の合理性と保安の安全性に欠けるところがなければ遅滞なくこれを認可しなければならないものであり、施業案の変更を勧告ないし命令し得る事項は、その鉱区の完全開発(遺利のない開発)が望めないとき(鉱業法第一〇〇条)及び保安上の支障あるとき(鉱山保安法第二二条)に限られるところ、単に地上施設に対し本件処分の理由となつたような影響を及ぼすとの理由だけでは同法にいう鉱害(同法第三条)に該当しないことは鉱業法五三条の二の規定に照らしても明らかである。

従つて同局長が本件のように板付基地が存在するというだけの理由のもとに修正を命じ、これに従わなかつたために認可を長期間留保し、ついに修正に応じさせた行為は明らかに違法なものといわなければならない。

(3)  同局長は、原告が申請した施業案(昭和三〇年二月二一日付申請)につき最后迄(原告が閉山の止むなきに至るまで)認可を与えなかつたのも違法である。(後日不認可処分をしたことは前述のとおりである)

前記のとおり、通産局長は施業案の認可申請があつた場合には、その計画が合理的で、かつ保安上の危険がないと認められる以上は遅滞なく認可を与え、原告の操業に支障を来さない義務があるにかかわらず、地上の駐留軍施設に対する影響を云々して五年余にわたりその許否を決せず留保した(37・2・15不許可とした)のは、事実上原告の採掘を禁じ、鉱業権の実施を妨げていたことに帰着するから違法なものであるといわなければならない。

(4)  以上のとおり、福岡通産局長の採つた措置はいずれも違法なものであるが、たとえこれが違法なものにもせよ、これに従わなければ施業案の認可を受けることができないのである。けだし、右の違法な処分の救済を求めるため行政争訟手続に訴え、その取消しを得たとしても、直ちにそれにより施業案の認可を得たことにはならず、況や、施業案の認可を留保せられていることにつき、行政訴訟において、これが認可を求めることは当時の法制上許されていなかつたのである。

ところで、認可を経た施業案によらないで原告において採掘を続行すれば、罰則(鉱業法第一九二条)及び鉱業権の取消(同法第五五条第二号)の制裁を受ける虞がある。そのため原告は止むなく同局長の命令に従い、採掘を許される部分のみを区域とする施業案に修正したうえ、その区域全部の可採炭量を採掘して閉山せざるを得なかつたのである。

従つて同局長は、原告に対し違法な採掘禁止を命令し同じく違法に施業案の修正を強要し、かつ不法に施業案の認可を遷延したものであり、その結果、原告に対し本件損害をこうむらせたものである。

(二)  なお仝局長は、本訴提起後昭和三七年二月一五日付三七福通炭業第一九二号をもつて、右施業案による採掘は地上施設に重大な鉱害を生ずるおそれがあるとの理由で、これを不認可とする旨原告に通知したが、右処分も又違法である。

すなわち、右の施業案不認可処分は、原告の昭和三〇年二月二一日付をもつてなした認可申請についてなされたものであるが、その不認可の理由は、地上施設に重大な鉱害を生ずるおそれがあるというにある。しかしながら、既に明らかにしたとおり、地上に駐留軍の施設が存在するという事由をもつて施業案を不認可することは法令の根拠に基づかざる理由によるものであり違法であるといわなければならないが、問題は、右の認可の許否が著しく遅延したことにあるのであつて、この遅延のため、原告が閉山を余儀なくされることは、被告においても予見できたものであり、被告(福岡調達局不動産部長名義)も右閉山の結果に伴う建物、機械設備除却のための補償を支給するに至つている(甲第三八号証)次第であり、このような不認可処分がなされたからといつて、被告の本件における不法行為責任に消長を来すものではない。

けだし、右の不認可処分が操業期間中遅滞なくなされたならば、あるいはその違法を理由に、行政訴訟による救済を受け得たであろうが、閉山後地上施設を全く撤去し、従業員を全員解雇し、本件損害賠償の訴訟を提起して数ケ月後に処分がなされることは、全く無意味であるからである。

四、以上の次第であるから、福岡調達局長並びに福岡通産局長は、いずれも不法に原告に対し原告主張のような損害をこうむらしめたものである。しかして前者は鉱区上の土地の占有権行使の濫用によるものであるから民法第七〇九条に該当するものであるところ、同局長の右行為は被告の被用者として、その事業の執行につきなされたものであるから、同法第七一五条により、また後者は鉱業法上の行政官庁たる国の公務員として同法の解釈運用を誤つたものであるから公権力の行使についてなされたものというべく、従つて国家賠償法第一条により、被告にこれが賠償の義務がある。

第四損害額の算定

一、損害の計算にあたつては鉱山の評価方法としてわが国及び諸外国(たとえばドイツ)における通説とされ、現にわが政府においても、電源開発に伴う水没その他に依る鉱業権の損失の補償につき、採用することを行政上の方針としているホスコルドの評価公式によるべきである。

二、駐留軍施設に対する破断角線の設定の障害が存しない場合には、昭和三二年より同三五年一〇月(閉山時)までに約二〇万トンの石炭を生産販売し、トン当り一、二五五円の利益、すなわち、合計、二億三千七百十五万四千四百円に達する。しかしながら、原告が右期間中に得た純益の実績は、駐留軍施設の影響のため、七千五百九十一万九千九百五十九円を得たに過ぎなかつたから、差引一億六千百二十三万四千四百四十一円が、右期間中における本件不法行為による損害である。

三、閉山時以後の損害について

本件不法行為がなく、引続き操業し得たならば、閉山時以降も充分従来のトン当り利益を維持できる。採掘方法は従来本件炭鉱では残柱式昇払の方法によつていたがこれをより合理化することによりコストをより引下げ得る余地があり、その後の炭価引下げ(なお、今後の炭価については第二次石炭鉱業調査団により、一般炭トン当り三〇〇円、原料炭同じく二〇〇円の引下げの答申がなされ、政府においても昭和三九年一二月一八日の閣議決定において右答申の趣旨に副うことと決定した。)にかかわらずトン当り一、二五五円の純利益は維持し得ると考える。

四、年間純収益について

ホスコルドの純収益算定の基礎となる原価には減価償却費を含まない(建設省方式、電源開発方式に依る)とすれば、償却費はトン当り六一円であるから、純収益一、二五五円にこれを加えれば、一、三一六円となる。従つて年間計画出炭量六万トンを乗ずれば、年間純収益は七八、九六〇、〇〇〇円となる。

五、可採年数について

破断角線の設定がなければ、昭和三二年より同三五年一〇月の閉山時までに、合計二〇四、一八〇トン(本坑八五、六八〇トン、二坑一一八、五〇〇トン)の出炭があつたと想定でき、右は破断角線の内外両地域にわたるものであるところ、原告は、右期間に破断角線外の部分のみを採掘し、合計一一七、六一一トン(本坑、三二年で終了、同年中の採掘量、九、七四八トン、二坑一〇七、八六三トン)の出炭をみている。従つて、前記出炭量二〇四、一八〇トンのうち右実績一一七、六一一トンとの差額八六、五六九トン(本坑七五、九三二トン、二坑一〇、六三七トン)は破断角線内(採掘禁止区域内)を採掘したための出炭量である。

ところで破断角線内のワラヂ層の実収炭量は合計二七九、一〇九トン、井野五尺層の実収炭量は合計四一三、一八六トンであるから、閉山時までに採掘しえたと想定される右各層の破断角線内の石炭量を控除すると、閉山時以降に残存している筈の右両層の炭量はワラヂ層二〇三、一七七トン、井野五尺層四〇二、五四九トンである。右の計算関係を表で示せば左のとおりとなる。

本抗      二抗     合計

(ワラヂ層) (井野五尺層) (トン)

〈1〉昭32~閉山までに、採掘しえたとする出炭量

85,680     118,500    204,180

〈2〉同上時期に原告が出炭した実績

9,748     107,863    117,611

〈3〉破断角線内(禁止区域)の想定採掘量(〈1〉-〈2〉)

75,932     10,637    86,569

〈4〉破断角線内

279,109     413,186    692,295

〈5〉閉山後残存炭量(〈4〉-〈3〉)

203,177     402,549    605,726

従つて、採掘計算を本坑月産二、〇〇〇トン、二坑月産三、〇〇〇トンとして残存炭を採掘すれば、その稼行期間はワラヂ層は八・〇五年、井野五尺層は一一・一八年となる。よつて、閉山時以降本坑、二坑の併行操業期間は、八年、その後の井野五尺層単独操業期間は三年である。

六、起業費について

建設省方式並びに電源開発方式においては、今後投下さるべき起業費の現在価格は控除さるべきものとされているが、右は合計七、七〇六、三〇六円である。(本坑、二坑の修正後の設備合計額より三三年度保有設備合計額を控除した)。以上により本坑、二坑併行操業期間の予想収益の現価をホスコルド公式を用いて計算すれば、左のとおり、四億五百六十一万七千七百十円となる。

Pn= a×1/{s+r/((1+r)n-1)}-E

= 78,960,000円×52,346-7,706,306円

= 405,617,710円

但し、

a= 78,960,000円 ……(年間予想収益)

n = 8 ……………………(可採年数)

s = 0.09 ………………(報酬利率)┐

r = 0.06 ………………(蓄積利率)┘電源開発に伴う水没その他による損失補償要綱記載の教育

E= 706,306円 …………(追加起業費)

また、併行操業終了後の残存三年間における井野五尺層の予想収益の現価を前同様の方法により、ホスコルド公式を用いて計算すれば、四千八百十六万五千三百二円となる。

Pn2=a′×(1/{s+r/((1+r)n′-1)}-1/{s+r/((1+r)n′-1)})

= 42,132,000円×(63,778-52,346)

= 48,165,302円

但し、

a= 42,132,000円 ………(トン当り利益1,123円+減価償却費64円)×年間出炭量36,000トン

n = 8 ………………………(併行操業年数)

n′= 11 ……………………(可採年数)

s = 0.09

r = 0.06

以上の計算により、前記閉山までに生じた損害、閉山以後八ケ年間の本坑、二坑併行操業期間中の損害及びその後三ケ年間の二坑操業期間中の損害を合計すると六億一千五百一万七千四百五十三円となる。

以上の損害額には、骨石並びに三隔層の採掘(これを採掘すれば前記可採年数は更に延長される)による得べかりし利益金額は含まれないのであるが、この損害額の算定を行うまでもなく、本件請求は、前記六億一千万余円を下廻るものであるから、全部認容さるべきものと考える。

七、よつて被告は原告に対し、これが賠償の責に任ずべきところ、右損害額は、尠くとも五億九百四十三万円を下らないので、右損害額および、これに対する不法行為後の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ次第である。

第五、被告の主張に対する反論

一、いわゆる行政指導又は勧告にすぎず、行政処分(三七、二、一五付を除く)でないとの主張について

(一)  被告は三一、五、二三付石炭部長名義の文書による採掘禁止命令は、法的強制のない単なる行政指導、又は勧告であると主張するが、この主張は失当である。

すなわち、鉱業に関する監督官庁が被監督者に対し、一定の作為又は不作為を求める通知の性格を決するには、それが行政行為であることに鑑み、その表示せられた外見に従つてこれを決すべきであつて、当該官庁の担当者の内心の意思如何にはかかわりがないことはもとよりのことである。右の通知について、これをみるに、同文書の記載は、原告の施業を一部停止せしめる命令以外のなにものでもない。しかして通産局長が鉱業権者に対して命令する場合(例えば鉱業法第一〇〇条第二項)には、何等その方式についての規定がなく、文書によるか口頭によるかは自由であり、また、みずから直接表示するか、その所属の職員をして行なわしめるかも選ぶところではないから、本件のように、石炭部長をして伝達をせしめても、それが同局長の命令であることを否定することはできないと考える。

以上のとおり、右の文書は、原告の既認可の施業案に基づく採掘の一部を制限する命令であつて、原告をして施業案のうち、その採掘区域を一部変更せしめることとなるから、その性質はその認可にかかる採掘予定区域に関し、施業案認可処分の一部取消をなす処分であるということになろう。しかるに、既に適法に認可した施業案について、これを後に至つて一部取消し得べき鉱業法上の規定は存しないのであつて、右命令は違法なものといわなければならない。

被告は、右文書を発した目的は「鉱業権者に対し重大な鉱害事故を発生させないように指導し勧告することをもつて当面の目的とするものである」と主張するが、右採掘禁止命令の目的は、五五度破断角線内の採掘自体を全面的に禁止することによつて、地上施設を保護しようとするのであつて、単に採掘に伴う保安上の危害を防止するためではないのである。しかも、鉱業権者に対し、広汎な区域の採掘を禁止するがごとき措置は、鉱業権者に致命的な損害を与えるものであるから、単なる行政指導や法令に明文の存しない勧告により、ことを取り運ぶには余りにも重大な事項である。鉱業権者は、公益のため鉱業法上諸種の制約を受けることは被告の主張するとおりであるが、他面同法により監督官庁の恣意による行政から保護せられていることも否定し得ないところである。たとえば鉱業権者が施業案の修正命令を受ける場合にも慎重な手続上の配慮がなされており、況んや公益のため採掘の差し止めを受ける場合においては、右差し止めは同法第五三条同第三条の二の要件を具え、かつ同条の方法によるのでなければならない。前記書面のごとき採掘禁止はいわゆる行政指導乃至は明文の規定がない事実上の勧告としてなし得る事項ではない。

(二)  同局長の昭和三一年九月一七日付文書による施業案変更命令について

被告は、右文書による通告も、前同様の事実的措置であると主張するが、この主張もまた失当である。

すなわち、右文書の文言自体からみても、外見上修正命令書として遺漏がないことは明らかである。(もつとも、これについては鉱業法第一〇〇条所定の手続こそ経由していないが、手続に違背して発せられた命令といえども、それが手続違背のゆえに取消され得べき瑕疵が存するか否かは格別として、行政処分たる命令であることには変りはないのである。)

被告は、右の通知には何らの法的強制があるものではないとせられるが、修正命令違反には罰則の適用がある(同法第一九二条三号)し、また同局長において、これに従わなければ施業案はその認可を留保し、認可しない態度を示す以上は、止むなくこれに従わざるを得ないのであつて、被告の主張せられるが如く、任意に同局長の趣旨に副うような挙に出たものではないのである。

二、鉱業法上も通産局長は地上施設に対する影響を理由に不認可拠分をなし得るとの主張について

(一)  被告は右文書を発した理由として「破断角線内の採掘は重大な鉱害が生ずるおそれがあり、従つてその意味でこれら施業案上、これを不可掘区域に扱うのが相当であると考えられた」と主張するが、右にいう鉱害とは、地上の駐留軍施設の破壊をいうものであるから、同通産局長がこれを防止したいのであれば、それは鉱業法第五三条所定の方法によるべきであり、施業案の認可を留保し、施業案の修止を命じ、施業案の取下を強要し、あるいはこれが不認可の処分をしたりする方法をもつて行うべきことではない。鉱業は、その掘採につきどのような適切な方法による施業をなしても、地上物件に被害を生ずるであろう蓋然性を有するのであつて、それだからこそ、鉱業法は同法第一五条、第五三条、第六四条等の規定をもうけ慎重な手続のもとに地上の公共用物件との権利の調整を図り、また同法第一〇九条以下により鉱業権者等に無過失賠償責任を負わせているのである。若しも施業案自体は妥当であるにもかかわらず、掘採の結果地上物件に被害を及ぼす虞があるというだけの理由で施業案認可の段階で事実上地下の採掘を全面的に差し止めるが如き結果を生ぜしめるような措置ができるとするならば、それはあらゆる鉱業を何時でも差し止め得ることとなり、叙上の法の規定をもうける必要性は全くないといわなければならず、引いては監督行政庁の恣意による行政を招来することとなるであろう。

(二)  被告は、福岡通産局長が原告の昭和三一年九月一〇日付施業案の申請を不認可とした理由として、「この案による掘採が無謀にして滑走路に凹凸、ひび割れ等を生じ重大な危害を招くおそれのあることが明らである」からと主張する。

しかしながら原告の右施業案が無謀であるという非難は当らない。

石炭の採掘は、現在の技術をもつてしては地上物件に何らかの被害を与えることなく、かつ経済的にこれをおこなうことは不可能である。本件においても、つとに同通産局長において認めているところであり(甲第四十二号証参照)、前記不認可の処分は、このような不可能を原告に強いることに帰着するのである。同局長が右のごとき理由であえて不認可の処分を行なつたのは、鉱業法第五十三条の二による補償を回避する目的と、併せて施業案認可申請に対する処理遅延についての原告の非難に対し一応の体裁を整えるための目的からなしたものに過ぎないと解さざるを得ない。

三、講和条約発効前の占領軍の行為が原因であつて被告(調達局長)の責任でないとの主張について

被告は、本件鉱業権に侵害が生じたのは、平和条約発効前の連合国占領軍の行為によるものであつて、福岡調達局長による原告主張の行為が原因ではないと主張するがこの主張は被告の不法行為責任を免れ得せしめる論拠とはなり難い。

(一)  (a) 被告は「板付基地区域の土地が平和条約の発効後も長期間外国軍隊の用に供せらるべきことは接収当時より推断されたところである」と主張するが、接収当時すなわち終戦当時占領軍の占領が長期にわたること、及び板付地区が平和条約後も米軍の軍事基地として使用されるであろうことなどは、何人にも予想し得なかつたところであり、むしろ平和条約発効時には接収された私人の土地その他の物件が尠なからず接収を解除され所有者に返還された事実を考えるならば、少くとも占領軍の撤退時には、本件土地の返還を期待することが通常である。

(b) また、被告は、近代交通における飛行場の重要性および本件飛行場の占める地理的重要性を云々するが、一般に飛行場が交通上必要であるとしても、特に原告の本件鉱区上の土地でなければならないという根拠たり得ない。同地に飛行場を設置することに重要性を認めるのは、現在までの国際情勢からみた米軍の戦略的見地に基づくものに過ぎず、殊に、山間部における半地下式オイルタンクの如きは、朝鮮動乱を契機として、米軍が建設した全く軍事目的上の施設であつて、一般の飛行場に必要欠くべからざるものではなく、戦乱を期待しない限り、永久に維持しなければならない必然性はない。

(二)  前述のように、平和条約の発効に際し、被告(政府)は、板付地区を基地として提供するか、あるいは土地を所有者に返還して、これを廃止するかの決定の自由を有していたものであり、その際政策上これを駐留軍に提供するのを可とする方針に従い歴代内閣によりこれが踏襲され現在に至つているのである。たとえ板付基地施設が占領期間中に大部分完成され、当時すでに原告の鉱業権を侵害する状況に至つたとしても、この違法な侵害を排除するかどうかの責任は、平和条約発効に伴い被告(福岡調達局長)に帰し、現在に至つているものである。本件の不法の不法行為は、被告がこれを基地としている限りにおいて継続しているものであつて、まさに継続的不法行為というべく被告の責任は免れ得ないのである。あたかも第三者の所有地を不法に占拠し同地上に巨費を投じて永久堅固な建物を構築した場合、その建物を譲り受けた者もまた、土地所有者に対し不法行為責任を負うべきであるのと同様である。被告の主張は被告の責任を免脱せしめ得る論拠とはなり難い。

(三)  なお、被告は、原告の本件鉱業権取得の時期が平和条約発効後であり、本件鉱業権の実施を妨げることについての予見がなかつたと主張する。しかしながら本件鉱区は古くより設定されているものであり、しかも所在位置がいわゆる粕屋炭田地区の一部であつて近傍にも操業中の炭鉱が散在しているのであるから、福岡調達局長において基地提供に際し当然に鉱区の存在及びこの鉱区に採算上有望な石炭を埋蔵している事実を知り、または容易に知り得べかりしところであつたし、既に其処に石炭の鉱区があり、採算上有望な石炭を埋蔵している以上は、やがてはその鉱区全部に掘進さるべきものであることも容易に知り得た筈である。また、同局長が、同じ国の行政機関たる福岡通達局長の行政方針をたやすく知り得たであろうことも明らかである。もしも同局長に原告主張のような予見がなかつたとすれば、予見し得べかりし事項を不注意により知らなかつたためであり、全く同局長の過失というほかはない。なお、原告は、本件鉱業権を前権利者より譲り受けたもので、前主の鉱業権に関する権利一切を承継取得している(鉱業法第九条)から、本件基地提供行為が原告の鉱業権取得以前であつても、本件損害賠償請求権を含む地位一切を譲り受けたものであるから、その行使に何等障害はない。

四、消滅時効の主張について

被告はまた、本件損害賠償請求権は遅くも昭和三〇年四月二九日頃時効により消滅していると主張するが、この主張もまた失当である。

(一)  被告は、本件鉱業権の実施を妨げる事由は、占領時代に既に確定的に発生したものであつて、その時より消滅時効が進行するものと主張する。

しかしながら、占領軍接収当時、いかに基地上に巨額の施設が建設されたからといつて、直ちに本件鉱業権が消滅したものではないのであつて、鉱業権の実施が妨げられるに至つたのはこれが維持されているからであつて、もし、原告が採掘可能な地区を全部掘採し尽して閉山を余儀なくせしめられた昭和三五年一〇月二日までに、基地の廃止または移転(原告の鉱区に抵触する地区のみの一部移転でもよい)さえ行なわれていれば、原告の鉱業権の実施は妨げられなかつたのである。したがつて、その時期までに基地の廃止又は移転ができないというのであれば、原告は、それ以前にしばしば被告に対し損害につき善処方を陳情しているのであるから、被告において然るべき措置(請求原因第三、二、(一)参照)を採り、違法な侵害を除去し得たのである。

従つて、原告が福岡調達局長の本件継続的不法行為による損害を知つたのは、早くとも右の閉山の時であり、それ以前に消滅時効が完成するいわれはない。

(二)  (再抗弁)=時効利益の放棄=

仮に被告主張の時期に消滅時効が完成しているとしても、被告は既に右の時効の利益を放棄している。

(1)  既に明らかにしたとおり、原告は福岡調達局長に対し、本件損害の賠償を求めるため、しばしば陳情し、その支払を要求してきたが、昭和三五年一二月同局長において、本件鉱業権の実施を妨げたことにより生じたすべての損害の賠償義務あることを承認した。

(2)  また、(イ) 同年一二月二六日福岡調達局不動産部長は、右損害の一部として、閉山にともない原告が炭鉱鉱員に支出を余儀なくせしめられた退職手当及び同じく解雇予告手当合計金二〇、〇〇七、一〇五円の支払を約し、

(ロ) 同三六年三月三一日、同じく職員に対する退職手当、解雇手当合計金四、一〇八、八三三円の支払を約し、

(ハ) 右同日、同じく損害の一部として本件炭鉱の建物及び電気機械設備の除却費用金一四、三四七、一五七円の支払を約し、

もつて、本件鉱業権の行使が制限されたことによる損害の一部をその頃弁済している。

(3)  以上は、本件損害についての時効完成後における承認であるから、いわゆる時効の利益の放棄であり、従つて被告は本訴において時効を援用することは許されないのである。

被告の申立および主張

(請求の趣旨に対する答弁)

一、本訴請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の原因に対する認否および主張)

第一、原告の鉱業権取得の項

図面の記載内容も含めて全部認める。

第二、原告の鉱区開発事業とその挫折の項

一、(原告の本件鉱区施業案の申請、認可の経緯、本件鉱区地域における地上施設、板付飛行場接収の経緯、およびその後の使用事情=請求原因第二、一、の(一)乃至(三)=)図面の記載内容も含めて全部認める。

ただし接収日時は次のとおりである。

射撃場敷地 昭21、2、1

オイルタンク地区 仝22、11、28

弾薬庫敷地 仝23、1、1

給水施設用地 仝26、11

二、(一) (原告申請の施業案についての福岡通産局長の措置中、仝局石炭部長名義の修正命令関係)

行政処分であるとの点は否認するが、原告主張のような内容の指示(いわゆる行政指導であつて、後に述べるように法的効力はない)をしたことは認める。

(二) (右通産局長の措置中、石炭部長名義の認可保留、採掘停止命令関係)

当該石炭部長が原告主張の文書をもつて、その主張のような各理由で昭27、10、1付認可施業案については当局の指示あるまで一切停止すること、仝30、2、21日申請分については処分を留保する旨の通知をしたことは認める。しかし右文書の内容は禁止命令、認可保留決定というが如き所謂行政処分的なものではなく、前同様単に行政上の指導又は事務処理状況の通知の性質を有するものに過ぎない。

なお右指導を行うに至つたのは、原告から本件鉱業権について昭30・2・21認可済の施業案の計画範囲の採掘が進んだについて、引き続きその北前方に接する鉱区部分の採掘を行うため、その施業案を作成しこれが認可の申請をしてきたので、当該通産局でこれを検討したところ、右採掘区域(別紙図面第一、第二参照)の地上には米軍板付基地の付属施設が存在するようにうかがわれた。(当時この点は未確認の状熊であつた)そこで仝局では福岡調達局に対して右事実につき照会しその結果同年秋頃になつて始めて右地上に基地付属施設たるオイルタンク、油送管等の施設が設置されていることをはつきりと確認し得たので、これに基づき仝施設保護のための五五度破断角線を想定して検討してみると、右施業案の計画範囲は概ね右破断角線を侵すものと認められるほか、既認可にかかる基本施業案(昭27・10・1認可施業案)の一部も侵すことが判明した。そこで福岡通産局石炭部長は、原告に対し前述文書(第五八号)をもつて、右施設に対する、その地下採掘の影響を精査検討する要があり、その間右認可申請にかかる施業案に対する処分が遅れるということを通知し、また、それとともに、右既認可の基本施業案にもとづく採掘中右基地付属施設たるオイルタンクに対する五五度破断角線内の区域の採掘は地上施設の保安上の問題があるためその検討の間一時停止するように申し入れたが、この申入れはそれ自体命令(行政処分)でもなければ、これについて何らの法的強制があるものでもなく後述する如く事実的措置であつて、鉱業権者に対し敢て重大な鉱害事故を発生させないように指導し、勧告することをもつて当面の目的とするものである。

(三) (福岡通産局長の施業案修正命令と認可)

(1)  (昭31・9・17申請 認可保留中の分についての修正命令関係)

原告主張のような内容の施業案の修正を求めたことはある。しかし右内容はこれも行政処分的なものではなくして右修正をしないままでは認可し難いということを知らせ、認可できるような修正を施すよう勧告する意味のものに過ぎない。

しかして、その後仝局では右施業案についてその地上施設に対する影響を慎重に検討した結果、原告計画の採掘方法による右破断角線内の採掘は地上施設に重大な鉱害を生ずるおそれがあり、従つてその意味でこれら施業案上これを不可掘区域に扱うのが相当であると考えられた。よつて仝局長は原告主張の文書(第一一一四号)をもつて原告に対し、右判断を知らせるとともに右に即応する施業案の修正方を申し入れたが、この申入れもそれ自体、行政処分でもなければ、これについて何らの法的強制があるものでもなく、それは後述のような性質の事実的措置である。

なお福岡通産局長が原告主張の文書(第一一一四号)をもつて本件オイルタンク施設に対する五五度破断角線内の区域での採掘が重大な鉱害を生ずるおそれがあるとしてこれを不可掘区域の扱いにするよう促した理由は次のとおりである。

すなわち右区域の採掘を目的とする既認可(昭27・10・1付認可)の施業案、および昭30・2・21日申請の施業案によれば、原告は本件オイルタンクおよびこれと飛行場内諸施設とを結ぶ送油管(右タンクが昭26・6・12から仝年11・20日までの間に完成されたものであることは既述)の埋設箇所の真下およびその周辺を採掘(一〇〇%採掘し、七〇%充填)することになつていた。しかし、右採掘を実施するときは、オイルタンクの場合最大沈下量八二、八糎、最大彎曲(曲率)41×10-4m、最大伸縮一米当り一、七粍、最大傾斜一米当り〇、六九五糎となり、また送油管の場合影響の大きいところでは、平均傾斜一米当り〇、四〇六糎、平均圧縮一米当り〇、八四五粍となり、その結果はオイルタンク(その基礎はコンクリートでできており、コンクリート構造物についての許容最大傾斜は一米当り〇、五粍)および送油管の破壊が免れ難いものと認められた。しかして、そのような鉱害を生ずるおそれのある採掘は、いかに原告に鉱業権があるからといつて当然許容されるべきものとは認め難いので、福岡通産局長は原告に対し、右鉱害の発生のおそれのあることおよびそのおそれのない採掘限度の線(本件五五度破断角線)を示して、原告において自らその施業案を修正する意向があるなら進んでその修正を行い鉱害を未然に防止するよう促したものである。

(2)  (昭31・10・8付右修正案の認可関係)

認める。ただし原告は被告の右各申入れ(勧告乃至修正)に対して、任意その趣旨に副うような採掘の一時停止、施業案の修正等を行い、福岡通産局長は右施設に対する五五度破断角線内を不可掘区域とした変更施業案について昭和三一年十月八日その認可を行い、これによつてオイルタンク等山間部施設の地下の採掘は取止めとなつた。

(四) (飛行場敷地下の採掘禁止関係)

(1)  (昭31・9・10申請分 ワラシ層分)

認める。(図面の内容とも)

(2)  (昭37・2・15付不認可処分の分)

認める。

ただし、右不認可の理由は、原告が板付基地自体の地下の採掘を意図し、その主張日に施業案の認可申請を提出した。よつて当該通産局ではこれについて検討したが、原告の計画の方法により右地下の石炭を採掘するときは右基地内の諸施設に重大な鉱害を生ずるおそれがあり、到底これを認可し難いと認められたので、原告に対しその旨を説明し右申請を取下げるように再三すすめた。しかし原告がこれに応ぜず、かつその見込みが無いと考えられるに至つたので、仝局長は原告主張の文書をもつて右施業案による採掘は地上施設に重大な鉱害を生じるおそれがあるとの理由でこれを不認可とし、その旨原告に通知したものである。

なお、右施業案は本件飛行場の本体部分の地下鉱区の採掘を目的とするものであるが(別紙図面第一、第二参照)飛行場の中心である滑走路は飛行機の発着の安全を保つために高度の平面性を保有しなければならぬことは言うまでもなく、例えば地下採掘による引張は一般に少くとも(一〇〇〇ミリメートルに対し)〇、二五ミリメートル以下でなければならず、そのためには少くとも滑走路より五五度破断角線内の地下(別紙図面第二参照)においては採掘三〇パーセント以内にとどめ、かつ、採掘跡の空虚は外部より資料を補充して機械力により全部充填をする等の考慮が必要である。しかるに、原告は本件鉱区部分の採掘上このような明白な危険及びその防止に一顧も与えず、その施業案によれば、原告は飛行場地下の本件鉱区を全面的に採掘して、その跡は出硬及び松岩で七〇パーセント以上充填する(実際には無用な採掘物を抗内に残置する程度のこととなる)ものとしているに過ぎない。従つて、この案による採掘が無謀にして滑走路に凹凸、ひび割れ等を生じ重大な危害を招くおそれのあることは明らかであつて福岡通産局長としては到底右施業案を認容することができず、その結果これを不認可とするほかはなかつたものであつて、これに反して右施業案を認可してよいとする理由は見出せない。

(五) (第二坑の採掘制限関係 請求原因第二、二(五)の(1) ないし(3) )

認める。

三、(原告が閉山を余儀なくされた理由)

原告がその主張のような経緯、理由で閉山したことは認めるが不可掘区域の広さが八〇%以上あることは否認する。

第三、(被告の損害賠償義務)

一、(被告の違法行為の総論)

被告が板付基地区域の土地の間接占有者であることは認めるが、賠償責任は争う。

二、(福岡調達局長の違法行為 請求原因第三、二の(一)ないし(三))

仝調達局長の行為が原告の鉱業権を違法に侵害したとの主張は全部争う。すなわち原告は、「福岡調達局長が対日平和条約発効後、本件土地を、(1) これを米駐留軍の空軍基地に供用するときは、因つて本件鉱業権の実施が妨げられるに至ること、及び、(2) そのような場合福岡通商産業局長は本来鉱業法第五三条による鉱区の一部取消又は鉱業権の取消をして鉱業権者に法定の補償をなすべきにかかわらず、実際はこれをせず単に施業案の申請を不認可とするにとどめて原告の損害の補償をしないであろうことを予見しながら、何らの補償的措置も構ぜずして、敢て米駐留軍の板付基地として供用し、よつて本件鉱業権を違法に侵害し、かつ、その不 法行為を継続しているものであるから、国はこれによる原告(鉱業権者)の損害についての賠償の義務がある」と主張するが、これは次にのべるように失当である。すなわち本件の鉱区部分について採掘に支障が生じたのは、原告主張の福岡調達局長の行為がその原因ではない。

(1)  本件飛行場及びその附属施設の敷地のうち本件鉱区上に位置するのは、飛行場及びオイルタンク地区であるが(a) 本件飛行場の本体部分(約六八万坪)は原告も主張するように今次戦争中陸軍飛行場として着工され昭和二〇年の終戦当時には完成使用されていたものであつて、敗戦により一旦旧所有者等に返還されたが、同年一一月二九日未だ飛行場の現況であつたものを連合国軍によつて接収され、以来同軍の飛行場として着々工事が進められて厚さ約一米のコンクリート舗装をもつ滑走路を中心に、飛行機の格納修理施設、運航管理気象観測照明通信の諸施設等が相次いで建設され、昭和二十六年四月一日には大型ジエツト機の発着のため、その南側隣接地が接収されて今日の規模(約九〇万坪)に拡張され、その結果米駐留軍の飛行機のほか、わが国の民間航空の飛行機や自衛隊の飛行機もこれを利用するに至つている。(b) また、オイルタンク地区は、本件飛行場の附属施設地区として昭和二二年一一月二八日接収されて、ここに六基のオイルタンクが着工され、これらタンクは昭和二六年六月一二日から同二七年一一月二〇日までの間に次々と完成を見た。

(2)  かように本件飛行場は、連合国軍の土地接収とその命による工事によつて、昭和二〇年の接収後数年ならずして本格的飛行場の体を具備し、昭和二七年の平和条約発効時頃までには概ね完成されたものであつて、昭和三一年当時における施設の評価額は約四〇〇億円に上り、その建設のための巨費は、一部を除きわが国の終戦処理費から支出された。

(3)  しかして (a) 将来平和条約の発効後も長期間外国軍隊が日本に駐留するであろうこと、従つてそれと関連して本件土地が将来長期にわたつて飛行場の用に供されるべきことは、本件土地接収当時の国際情勢(殊に極東状勢)及び敗戦後の日本の地位、国情等からして既に推断されたところであるし、(b) 近代交通における飛行場の重要性及び本件飛行場の占める地理的重要性は多言するまでもない。これに加えて (c) 右述のように現に飛行場施設として年を追い巨額の資金が投下されたときはその原状回復は国家的、社会的に忍び得ぬ重大な損失であること等を考え併せるときは、本件鉱業権実施の妨害事由は、本件飛行場もしくはオイルタンク地区の接収とともに、又は遅くとも本件飛行場に急速な工事が進められて右述のような飛行場の実体が相当程度形成された接収数年後には、確定的に発生したものというべきであり、従つて、その後の福岡調達局長の原告主張の行為(本件土地の米駐留軍基地供用)はこれによりことさら本件鉱業権の実施を妨げたものとは認められない。

(4)  なお、本件鉱業権は、昭和二九年原告が鉱業権者となり、同三〇年五月九日に同二七年一〇月一日付認可の施業案についての襲用届を提出し、同五月一七日に同三〇年二月二一日付施業案の認可を受けて後に、はじめて本格的に実施されたものであつて、それより前には殆んど実施されておらず、従つて、福岡調達局長は、本件土地の板付基地供用をする当時これによつて本件鉱業権の実施が妨げられることとは知らなかつたし、まして、それが本件鉱業権の実施の妨げとなつた場合に福岡通産局長が鉱業法第五三条による処分をしなければならぬにかかわらず、単に施業案を不認可とするにとどめて鉱業権者に不利益を与えるなどということは全く予見もしなければ、また予見し得なかつたところである。

三、(一)(福岡通産局長の各種処分の違法性について請求原因第三、三(一)の(1) ないし(4) )

右通産局長の措置が行政処分であり、しかも違法であるとの主張は否認する。仝局長は前述のとおり事実上の勧告を行つたに過ぎない。

(二) (通産局長の昭37・2・15付不認可処分について)

原告主張のような不認可処分をしたこと、およびその主張のような補償をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

なお、右不認可処分の理由は前述第二、二、(四)の(2) 但し書後段のとおりである。

(三) 以上の各所為のうち、通産局長の昭37・2・15付不認可処分を除くその他の通産局長の措置はいづれも所謂行政処分ではなく事実上の措置としての勧告である。すなわち鉱業権は鉱物採掘の権原であるが、鉱物の採掘はときとして一般公益および他産業に対して重大な影響を与え、またその方法如何によつては鉱物資源を無駄にし、または人若しくは物に対して重大な害を及ぼす。そのため法(鉱業法、鉱山保安法)は、鉱物の合理的開発、公共の福祉の防護、保安等の観点からこれに種々の規制を加えている。

(イ) 鉱業権設定の出願はその出願地における鉱物の採掘が公共の福祉に反するときは許可されない。(鉱業法三五条)

(ロ) (1)  鉱業権(採掘権)の行使は、通産局長の認可を受けた施業案によるのでなければこれをすることができない。

(鉱業法六三条二項、四項)。そして施業案の認可申請があつた場合、通産局長はこれを審査したうえ鉱山保安監督部(通産省の地方部局)長と協議してその認可、不認可を決定し(鉱業法六三条三項)

(2)  また一旦認可された施業案についても保安(鉱山保安法三条一項)の見地上必要となれば鉱山保安監督部長が通産局長と協議してその変更を命ずる。(鉱山保安法二二条二項)

(3)  なお鉱業の実施により危害若しくは鉱害を生じ又はそのおそれが多く、そのためその必要があるときは通産大臣において鉱業の停止を命ずる(鉱山保安法二四条)

(ハ) 鉱物の採掘は、公共の用に供する施設及び建物の地表地下とも五〇メートル以内の場所においてこれを行うには、管理庁又は管理人の承諾を得なければならない。(鉱業法六四条)

(ニ) 鉱物の採掘が「公共の用に供する施設若しくはこれに準ずる施設を破壊」する等の事由により著るしく公共の福祉に反するようになつたときは、通産局長においてその減区又は取消の処分をする(鉱業法五三条)。従つて、石炭の採掘権について、その行使をするには施業案の認可を要し、その認可申請があつた場合通産局長は鉱業法の運用にあたる主管庁として仝法の理想を具現するためその職責にもとづき、石炭資源の合理的開発、公共の福祉の防護、保安等の観点でこれを審査して、その認可、不認可を決定する。そしてその場合その施業案について保安上等の問題があり、そのままの内容では認可し難いと認められるときは、直ちにこれを不認可とすることなく、鉱業権者に対してその問題点を明示して、施業案修正の意思の有無を確かめ又は修正方を指導し勧告することは、通常行なわれるところであつて、右は施業案認可手続の合理的運用を図るための事実上の措置である。

また、一旦認可された施業案についてその実行が保安の見地上失当と認められるに至つた場合、これが変更を命ずるのは鉱山保安監督部長の権限であるが、この場合通産局長としては元来鉱業権関係の主管庁として施業案の審査に当りかつ鉱山保安監督部長が施業案の変更命令を発するについてもその協議をうけるべき立場にある関係上ときに鉱業権者に対して保安上問題のある既認可の施業案につき行政指導としてその変更等を勧告することがある。すなわち、通産局長は現に申請にかかる変更施業案の審査中にその施業案について保安上の問題を発見しそれとともに既認可の基本施業案についても、その問題が共通であることを知り得たようなときは、鉱業権者に対して、両施業案の内容を一体的に検討し、法の精神に則り敢て危害又は鉱害を発生させることのないように配慮し、それに照応するように施業案を修正してその変更施業案の認可申請をするように指導し勧告することがある。これは内容的に既認可の施業案の範囲にまでわたることになるが通産局長が施業案を審査することの目的に鑑みればこれもなお全体として施業案認可手続の合理的運用を目的とした事実上の措置と云うことができよう。そして右措置が行なわれる場合、鉱業権者に対し当該危害又は鉱害を生ずる行為を一時停止するように勧告することがあるが、これは同人に対し変更施業案の再検討を求めることと表裏をなす事実的措置であつてもとより右措置と別異の目的に出でたものではない。

四、(被告の損害賠償責任の根拠)

争う。

第四、(損害額の算定基礎について=請求原因第四の一ないし七)

鉱業権の評価方法としてホスコルド公式の使用が妥当であること、同公式は原告主張のとおりであること、報酬利率、蓄積利率について原告主張の損失補償要綱中にそのような数値が挙げられていることは認めるが本件損害額算定の数値として使用することの妥当性および原告その余の主張は争う。とくに原告が損害額算定の基礎としている炭量計算は過大である。すなわち、被告は鉱物賦存面積、理論埋蔵炭量、安全率、実収率を考慮して計算した結果によれば本件鉱山の実収炭量推定高は六五二・六〇〇トンであり、本件飛行場施設の影響で採掘不可能と認められる炭量は二七五・五〇〇トン以下である。

(抗弁)

――消滅時効についての主張――

仮りに当該調達局長の本件土地の飛行場供用が違法行為であるとしても、本件鉱業権の実施を妨げる事由は、かように昭和二七年四月二八日の平和条約発効時以前に成立したものであり、かつ、本件飛行場の原状回復や放棄がその施設の価値及び機能等から見て社会観念上不可能なことは当時より必然のことであつた。従つて、仮に本件土地の飛行場供用の事実が本件鉱業権を侵害し違法であるとすれば、これによる損害賠償請求権は右妨害事由発生と同時に確定的に発生したものであつて、(右述のように福岡調達局長の原告主張の行為をまつて生じたものではないとともに)本件土地の飛行場供用をもつて継続的不法行為と云うことはできない。しかるときは、右損害賠償請求権は遅くも昭和三〇年四月二九日頃時効消滅したものである。しかし、原告は既述のように昭和二九年七月一二日佐伯実から、既述のような地表の基地が存在する現況を熟知の上で、本件鉱業権を金六二五万円で譲り受けたものに過ぎず右妨害事由発生当時は本件鉱業権の権利者ではなかつたのである。従つて、原告は、その他の点を論ずるまでもなく、本件鉱業権の実施不能による損害について、本件土地の飛行場供用を原因とする損害賠償請求権を有しないものというべきである。

(再抗弁に対する認否)否認する

もつとも原告主張の(2) の(イ)乃至(ハ)の各金額を支払つたことはあるが、それは時効利益の放棄ではない。

すなわち、右は本件鉱業権侵害による損害賠償義務が被告にあることを認めた趣旨でもなければ、まして時効の利益を放棄したものでもない。すなわちこの種補償は米軍基地の設置、運営によりこの地方の利害関係者に生ずる著るしい不利益についてこれを救済するため行政的な見地から行われている一般の補償と全く同一の趣旨に出でた措置であつて、その補償金は、法律上の理由の有無に直接関係なく調達局において現に原告に生じたと認める明らかな不利益をもととし、かつ、調達局と原告との間の契約(補償契約)の成立を原因として支払われるものである。

原告主張の各種補償金については、原告との間に右契約が成立し因つてその支払がされるものであるが、炭量補償については原告との間に未だ合意がなく補償契約が未成立であり、従つてこれについては未だ右の如き補償の義務も成立していないものである。

以上

五五度破断角線図〈省略〉

理由

第一、国の不法行為責任の有無

一、争いのない事実

(1)  請求原因第一、原告の鉱業権取得については当事者間に争いがない。

(2)  請求原因第二の一、原告の本件鉱区施業案の申請、認可の経緯、本件鉱区地域における地上施設、板付飛行場接収の経緯およびその後の使用事情については、接収日時の点を除いて、当事者間に争いがない。

(3)  福岡通産局長が昭和三〇年四月一九日付、同局石炭部長名義の文書(三〇福通炭業第五八号)およびこれに基く口頭の指示により昭和三〇年二月二一日付申請施業案の内容の一部修正を命じた。即ち、採炭方法は「本卸を鉱区線迄三四〇米」とあるを「地上物件の五五度破断角線まで」と、また「斜卸を三八〇米迄」とあるを「二八〇米迄」とそれぞれ修正を命じたことは命令ないし指示の性格を除いて、当事者間に争いがない。また昭和二七年一〇月一日付認可施業案の採掘計画のうち、地上米軍施設に対する五五度破断角線内について、前記のような採掘禁止を指示したことも、右と同様である。

(4)  福岡通産局長が昭和三一年五月二三日付、同局石炭部長名義の文書(三一福通炭業第五八号)をもつて、原告に対し昭和三〇年二月二一日付申請の施業案は申請区域地上の米軍施設への影響を考慮して認可を保留する旨通知し、昭和二七年一〇月一日付の認可施業案に基く採掘も前記の口頭で採掘禁止を指示した部分については、同局の指示があるまで一切停止することを命令したことも、前記(3) と同様に当事者間に争いがない。

(5)  福岡通産局長が昭和三一年九月一七日付同局長名義の文書(三一福通炭業第一一一四号)をもつて、原告に対し昭和三〇年二月二一日付申請の認可保留中の施業案は申請区域地上の米駐留軍施設に対する影響を考え、右地上物件に対し五五度破断角線内は不可掘区域とするという理由で、これにそつて施行案の修正を命令し、これに対し原告は本抗の施業案を修正し、昭和三一年一〇月八日福岡通産局長の認可を受けたことも、前記(3) と同様に当事者間に争いがなく、右修正により本件鉱区の採掘可能地域が減少したことは自ら明らかである。

(6)  原告は昭和三一年九月一〇日福岡通産局長に対し、板付飛行場敷地下のワラジ層について採掘計画をたて施業案の認可を申請したが、同局長は五年余にわたり処分を留保した後、昭和三七年二月一五日付文書(三七福通炭業第一九二号)をもつて右施業案による採掘は地上施設に重大な鉱害を生ずるおそれがあるとの理由でこれを不認可したことも前記(3) 同様当事者間に争いがない。

(7)  原告が昭和三〇年五月二六日福岡通産局長に対し要約書添付図面第二の青線部分にある井野五尺層を採掘すべくその施業案の認可を申請したところ、該申請は昭和三〇年八月三一日認可されたが、後この認可施業案について変更の認可申請をし、昭和三一年一一月一五日認可された(第二坑施業案)。しかしながら、右はいずれも福岡通産局長の命令により駐留軍施設に対する五五度破断角線までで掘進を止めるよう立案せざるを得なかつたものであることも、前記(3) 同様当事者間に争いがない。

(8)  原告が請求原因第二の三で主張するような経緯と理由で閉山したことは当事者間に争いがない。ただし福岡通産局長による採掘の禁止および施業案修正命令による不可掘区域が本件鉱区面積の八〇%以上をしめるとする点を除く。

二、福岡通産局長が本件鉱区に不可掘区域を設定した経緯

成立に争いのない甲第一一号証、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし三、第一四ないし一六号証、第一七号証の一ないし四、第一八号証、第一九号証の一ないし三、第二〇号証、第二一号証の一ないし五、第二二号証、第二三号証の一ないし三、第二四号証の一ないし九、第二五号証、第二六号証、第二七号証の一ないし三、第四一、四二号証および証人若林健三(第一、二回)、同樺山芳津、同中秋豊、同池田弘、同緒方毅の各証言と検証の結果を総合すると、原告は本件採掘権に基き、昭和三〇年二月二一日付申請施業案を福岡通産局に提出したが、その際採掘予定区域内の地上に米軍板付基地の付属施設が存在することがうかがわれたため、当該通産局としては、口頭で指示して右施業案の一部修正をもとめるとともに、地上に米軍施設がある場合、それが明確になるまで検討を要する旨を告げ、また昭和二七年一〇月一日付認可施業案について同様問題になる区域について採掘禁止を指示したうえ、福岡調達局に照会し、認可申請の出されている旨を告げて申請の許否に関して意見を求めたが、これに対して同調達局は昭和三一年五月一日付文書でオイルタンクなど駐留軍施設の存在を明示し、同施設に損害を与えないように原告申請の施業案の審査について考慮を求めたので、これに応じて福岡通産局石炭部長は昭和三一年五月二三日付文書をもつて、原告に対し右施設に対する地下採掘の影響を精査検討する要があり、その間昭和三〇年二月二一日付申請の施業案の認可を保留する旨、また昭和二七年一〇月一日付認可施業案による採掘は、その区域のうち基地付属施設たるオイルタンクに対する五五度破断角線内の区域の採掘は地上施設の保安に問題があるため一切停止する旨通告しさらに昭和三一年九月一七日付文書で地上物件の破断角線内は不可掘区域とする理由で、昭和三〇年二月二一日付施業案の修正を求めたこと。そして、これに対して原告は昭和三〇年二月二一日付申請施業案について、通産局の各修正の要求に応じ、最終的には昭和三一年一〇月八日認可を受け、また昭和二七年一〇月一日付認可施業案について採掘禁止の指示に応じていることが認められる。ところで、右通産局の修正の要求、あるいは採掘禁止の指示はいわゆる行政処分としての命令であるとは認められないが、昭和三〇年二月二一日付申請に関していえば、右各指示に応じないときは、地上の米軍施設に対する保安という観点から当該施業案を認可しない意思を通産局が固めていたもので、原告をして右通産局の方針に任意に従わせ、その上で認可を得させようとしたことが前記各証拠により認められる。このことは、原告が昭和三一年九月一〇日板付飛行場敷地の下のワラジ層採掘の施業案の認可申請が結局不認可になつた経緯に照してみても明らかである。そして、右の如き通産局の態度に対しては、原告は営業停止等をおそれ既認可の施業案についても同様採掘禁止区域を指示に応じて設けざるをえず、または第二坑の採掘施業案申請にあたつて、右指示の内容を斟酌せざるを得なかつたものと認められ、その結果、本件原告所有鉱区の大きな部分が事実上採掘不能となつたものと認められる。

三、本件鉱区に対する補償要求の経緯

成立に争いのない甲第三七、三八号証、第四〇号証の一、二、第四二号証、第四五号証、乙第三号証の四、証人永淵光次、同若林健三(第一、二回)、同松下聡、同中秋豊、同松宮信之、同緒方毅、同池芳人、同山田裕一、同久保一郎の各証言、原告本人尋問の結果、検証の結果を総合すると、次の事実が認められる。

前認定のように福岡通産局は原告が施業案を提出する毎に、地上に存在する米駐留軍の板付基地付属設備に対する保安という観点から採掘不可とする区域を設定し、これに抵触する施業案は訂正を求め、あるいは認可をせず、さらには既認可の施業案に対しても同様採掘停止を求めたもので、その間一年余に亘つて原告と同局または福岡調達局、時には米国の板付空軍係官との間に種々折衝が行われ、原告は昭和三一年夏頃に採掘が不能になることを知り、その頃から福岡通産局に鉱業法第五三条の二による補償を要求したが、同通産局は右採掘の制限は福岡調達局からの要望でなされたものであり、また昭和二八年の次官会議で右条文は適用せず、受益者が損害を補償することになつているため受益者である調達庁に補償要求書を出して交渉するように述べ、本件鉱区に近い府内築紫炭鉱について行われた補償の例を示し、一方福岡通産局は福岡調達局に対し昭和三一年一〇月二四日付文書で駐留軍施設に対する五五度破断角線を設定したが、それにより施業案申請区域内の可採炭量は減少し、さらに残余区域に対する操業計画に重大な影響を与える旨を通知し、調達局側で適宜な処置をとるように要望した。そして、原告は福岡通産局の指示に従い、昭和三一年一二月一日付書面で調達庁宛に補償要求書を提出するほか直接福岡調達局へ行き交渉したが、交渉の窓口が同調達局としても補償を行う場合には予算措置が必要であるし、いずれ本庁である調達庁の指示が必要なところから、原告は昭和三二年に入ると直接調達庁とも交渉し、通産大臣にも面談し、補償について善処方を要望した。しかし、本庁の方針は容易に定まらず、補償は中々行われる形跡がなかつた。その間、原告は昭和三一年一二月、補償要求書を提出した後、通産省、調達庁の賛成を得て、九大教授松下久道に自ら炭量計算を依頼し、または通産省も昭和三二年七月頃には福岡通産局に対し炭量計算を命じ、同年一〇月には同局から通産省に調査の結果が報告された。しかし、その炭量計算による補償方式をとることに困難が予想された故か、交渉がまとまらず、永引いたため、昭和三三年一二月末には原告から福岡調達局長宛に補償の実施についての責任ある回答を迫る一方、従業員組合からも補償についての要求書が提出された。そこで、昭和三四年三月頃には調達庁は、福岡調達局に対し米軍の土地使用上の権利と鉱業権の円満調整という観点から米軍に問合させ意見を求めさせたり、同年四、五月には施業案の認可保留の事情を調査させたりしたが、さらに同年六月頃、大蔵省、通産省、調達庁、法務省の関係機関が集つて協議を行つた末本件問題の処理は調達庁があたることになつた。その結果、昭和三五年一二月二六日鉱員の退職手当、解雇予告手当の各補償金合計二〇、〇〇七、一〇五円が福岡調達局から原告に支払われ、昭和三六年三月三一日には職員の退職手当、解雇予告手当の各補償金合計四、一〇八、八三三円建物および電気機械設備の除却費用として一四、三四七、一五七円が支払われた(以上各支払の事実は当事者間に争いがない)。その間、原告は数回に亘つて補償要求書を提出したが、基本となる本件鉱業権については右の各補償交渉が先決、緊急のこととして交渉されたため全く交渉が進まなかつた。昭和三五年二月一七日頃、調達庁から福岡調達局に対し調達庁で本問題処理にあたることを前提に、炭量補償及び物件補償についての指示があり、また同年一〇月五日頃機械設備等の移転補償および退職金等の補償案作成の指示があり、その結果前述の如き補償が行われたが、炭量補償については、同年九月中に破断角線を避けた別の坑口新設の余地の有無について調査した状態で同年一〇月一日原告の閉山について本件炭鉱を現地調査する旨の指示があり、また昭和三六年八月頃調達庁から福岡調達局に鉱業権補償の試案の提出を命じ、同局において同年一〇月頃試案を本庁に提出したが、結果的には何等具体的方針の指示がなかつたため、現地の福岡調達局は原告からの再三の要求にかかわらず補償を行うに至らなかつたものである。

四、国の損害賠償義務の有無

前記認定事実から判断するに、まず福岡通産局長は、本件鉱区に、その地上に存在する米駐留軍基地付属施設に対する五五度破断角線を設定し、その範囲内を不可掘区域とし、右区域の地下を採掘しようとする施業案に対しては認可を与えず、また認可施業案についても右区域を一部含んで採掘しようとする採掘計画案に対しては、その区域を除くように指導していたものであることは、前記認定の施業案の不認可、採掘禁止等の経緯に照し明らかである。施業案の認可または不認可は、同局長の権限にあるとはいえ、認可を経た施業案に基いて操業している原告に認可区域内の採掘を禁止するためには法定の要件に基く手続が必要であり、申請の施業案についても不認可にし、又は変更を命ずるについても法定の要件が必要であると解すべきところ、前認定のとおり同局長はそれらの手続を取ることなく、認可申請に対してはこれを留保し行政指導と称して数年間に亘り事実上の強制を行つたものというべく、不当に原告の有する鉱業権を侵害したものと解するのが相当である。本件の場合においては、福岡通産局長は鉱業法第五三条に基く鉱業権の減少処分をなし、同法第五三条の二に基く損失の補償を行うべきであつたのにかかわらず、同局長は右採掘禁止が調達庁の要求により行われたことを理由として調達局側に補償の処置方を要望したのみで漫然と何等の処分を行つていなかつたもので、その結果原告をして閉山の止むなきに至らしめたものといえる。同局長が正当に原告申請の施業案を不認可にし、又は採掘禁止を命じ得なかつたことは自ら原告の鉱業権の侵害を予期し福岡調達局に対し補償方を申入れている事実からも窺える。

一方、福岡調達局長は、直接原告の鉱業権の侵害には関与しなかつたとはいえ、右通産局側に駐留軍施設の保全を要望したものであり、本件鉱区域内の採掘禁止を予測しながら、また昭和二八年の次官会議による法五三条を適用せず受益者が損失を補償する決議に従い福岡通産局側が原告への補償の処置方を要望して来たにもかかわらず、一部鉱員等の退職金等について補償したのみで鉱業権については本庁たる調達庁の指示を待つのみでその間に適切な措置を執らず、結果的には漫然と補償を引延してきたものであつて、その結果原告をして、閉山の止むなきに至らしめたものというべく、不法に原告の鉱業権を侵害したものと解するのが相当である。

以上判示のように、右両者の不作為は不法行為を構成するものとして、国は、右福岡通産局長および福岡調達局長の前記行為につき国家賠償法第一条第一項に則り損害賠償の責に任じなければならないというべきである。

五、時効について

本件不法行為の時効の起算日は、前述のとおり福岡通産局長および同調達局長の不作為による不法行為である故、それぞれ作為義務が発生した時点と解するのが相当である。

そこで前認定の事実関係にある本件について見るに、福岡通産局長については、本件鉱区上に駐留軍施設が存在することを知つただけでは足らず、また駐留軍施設下の原告の採掘施業案が提出されただけでも足りない。結局、福岡調達局側に問合わせが行われ、それに対し同調達局が駐留軍施設の存在を具体的に明らかにして同施設に損害を与えないよう施業案審査について考慮を求めた昭和三一年五月一日以降であるものと解するのが、本件鉱区に不可掘区域を設定した経緯に照し妥当であると思料される。

そして福岡調達局長については、右不可掘区域を通産局が設定し損失の補償の処置方について申入れのあつた昭和三一年一〇月二四日頃作為義務が生じたと見るべきである。

ところで、原告が損害の発生を知つたのは、早くとも前認定のように福岡通産局が原告が提出する施業案については不可掘区域を設けて、これに抵触する部分の修正を求め、あるいは不認可とし、さらには既認可の施業案についても採掘停止を求めたのに対し原告が同通産局に対し鉱業法第五三条に基く処分をするよう抗議した昭和三一年夏頃とみるのが妥当である。したがつて遅くとも昭和三四年末には、時効中断の事由のないかぎり、本件損害賠償債権は時効により消滅したものと解すべきである。

しかしながら、前認定のように福岡調達局長は昭和三五年一二月二六日と同三六年三月三一日、原告に対し鉱員職員の退職金、建物及び設備の除去について補償しており、これは鉱業権についての補償が行われることを前提とし、ただ先決緊急の必要から右の補償が行われたものであることが前認定の補償交渉の経緯からうかがわれ、被告主張のように損失補償の法律上の義務に関係なく任意契約に基く支払であるとは到底考えられない。現に原告からの補償要求に対して国側の機関から原告に対し法律上補償義務はないからと明言してこれを拒否したとの事実は本件全証拠によつてもこれを認めることができない。国が補償の義務がないのに損失補償に応ずることは補償をするだけの理由の存することを認めてのうえであることは明らかであり、前認定の事実関係にある本件では、右支払は時効の利益の放棄と同視すべきであるから、被告において本件損害賠償義務の消滅時効を援用することは許されないものと解するのが相当である。

第二損害の額

一、損害の範囲

国の不法行為責任は、福岡通産局長が鉱業法第五三条の処置をとることなく同法第五三条の二による損失の補償を怠り、また福岡調達局長が補償を行わず漫然と放置したことによるものであつて、それによる原告の蒙つた損害は正当に右補償が行われたならば得られたであろう利益と解すべきである。

成立に争いのない甲第三九号証、第五一号証の一ないし三、第五二号証の一、二、第五三号証の一、二、第五四号証の一、二、乙第三号証の一ないし四、第八号証の一ないし四、第九号証の一、二、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三、および証人永淵光次、同久保一郎、同松下聡、同中秋豊、同緒方毅、同池芳人、同阿部陽一の各証言を総合すると、鉱業法第五三条による補償は、昭和二八年頃から政府の行政上の方針としてホスコルド方式と称せられる評価公式による鉱山の評価額に従つており、本件の場合もそれに従うのが相当であること、そしてその公式は補償すべき時点において操業しているものに対するものとして、

x=a×1/{s+1/((1+r)n-1)}

ただし、aは鉱山が毎年あげる純収益(純収益算定の基礎となる原価には鉱業権および坑道の減価償却費を含まないものとする)。sは報酬利率。rは蓄積利率。nは可採年数(可採年数を決定する場合は、確定鉱量、推定鉱量および予想鉱量を含み鉱量計算についてJISによる。)であり、そのうち報酬利率は、〇、〇九、蓄積利率は、〇、〇六とするのが妥当であると判断するのが相当と認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。被告はホスコルド方式によることが本件鉱山については妥当でないと主張するけれども、本件鉱山について右方式によることを不当とする特別の事情を認めるに足る証拠はない。

二、本件鉱山が毎年あげる純利益

成立に争いのない甲第二九号証、第三〇号証の一ないし三、第三一号証、第三二号証の一ないし三、第三三号証の一ないし三、第三四ないし三六号証、第四五号証、第四九号証の一、二、第六二号証の一ないし三、第六三号証の一ないし三、第六四号証の一ないし五、第六号証の一ないし五および証人若林健三(第一、二回)同樺山芳津、同前田久光の各証言、鑑定人山田穣の鑑定結果、それに原告本人尋問の結果ならびに検証の結果を総合すると、本鉱山の出炭量は昭和三一年一月から同三五年七月までをみると、月量で最低は九五〇トン、最高で四、一二〇トンであるが、その間には不可掘区域設定のため提出施業案の不認可、認可施業案の採掘停止等があり、本坑からの採掘がやめられたり、二坑、新排気坑での採掘が行われたりしたため採掘量が減少した月があつたが、昭和三二、三年の両年は月平均三、〇〇〇トン以上、同三四年は二、〇〇〇トン以上であり、総じて少くとも月平均三、〇〇〇トン程度の出炭をしており、そしてこの月平均三、〇〇〇トン程度が本件鉱山経営上最も妥当とされる数値であると認められ、原告の得る純利益は右期間における実績から判断するとトン当り、一、〇〇〇円程度が右経営規模における本鉱山のあげうる通常の数額であると推定できる。

ところで、補償義務の発生したのは昭和三一年当時であるが、かような鉱業権に対する補償自体は当該鉱区が開発に着手されていない場合でも行われるものであり、また操業開始後の鉱山においても、単純に過去の実績のみを基礎としてその補償が行われるものではなく、当該鉱山の有する各種条件を基礎として将来の見通しも含めて客観的に適正妥当とみられる範囲で補償されるべきものである。そして、右の如く本件鉱山は、同鉱山のもつ条件からみて通常月額三、〇〇〇トンを生産し、トン当り、一、〇〇〇円の利益をあげうると判断されるのであるから、昭和三一年時の補償額を考える場合にもこれを基準として採用すべきである。

鑑定人早船忠弥の鑑定結果によると、昭和三二年から同三五年一〇月までの間に破断角線の設定等の障害がなく平常の状態で稼行した場合には、右期間内に約二〇万トンの石炭を生産販売し、トン当り一、二五五円の利益を計上し得たとあるが、右鑑定は各種の想定を置いたうえの計算であつて、本件で問題にしている純収益決定の資料とすることは必ずしも適当でないため、これを採用しない。

三  補償の対象となる炭量と可採年数

昭和三一年、国が補償をなすべき本件鉱区の範囲は、本件鉱区全域がその対象となるのではなく、原告が石炭採掘を行つた場合に地上に存在する米軍施設に対し重大な影響を与えるため、通産局長が鉱区の減少処分をしなければならなない区域であると解すべきである。そして、その範囲は前認定の如く福岡通産局長が五五度破断角線を設定し、採掘を禁止し、原告が申請した施業案に対し認可を留保し、また飛行場敷地においては施業案を不認可にした等の経緯にかんがみるとき、米軍施設(射撃場、地下格納庫、オイルタンク等)敷地およびこれに対する五五度破断角線区域内ならびに板付飛行場敷地内区域を指すものと判断される。従つて補償計算の基礎となるのは、その区域内に存在する石炭量であると解すべきである。

成立に争いない乙第三号証の一ないし三、鑑定人松下久道の鑑定(第一回)結果によると、米軍施設保護のため五五度破断角線を想定した場合に、これによつて採掘できなくなる炭量は、右区域内の確定炭量、推定炭量、予想炭量にそれぞれ適当な安全率、実収率を乗じて出した実収炭量として計算すると、三〇三、一二七トンとなることが認められる。(補償の対象となる鉱量は前述のとおり(第二の一、損害の範囲)確定鉱量、推定鉱量、予想鉱量を含むが、これが平列的に単純加算され補償の対象となるものでなく、確定鉱量において安全率実収率が考慮されるごとく、推定鉱量、予想鉱量においてもそれぞれ当該鉱山に適当な安全率、実収率を勘案し、その合計、すなわち実収炭量の合計が補償の対象となる鉱量となるべきものと解される)。

よつてこれを前述の如く月産三、〇〇〇トンの割合で採掘すると、その可採年数は八・四二年である。

第三、結論

以上のとおり、年間純収益三六、〇〇〇、〇〇〇円、可採年数八・四二年、報酬利率〇、〇九、蓄積利率〇、〇六であるから、これをホスコルド方式にあてはめ補償額、すなわち損害賠償の額を計算すると一九四、八七二、一二七円となる。したがつて、国は、右金員とこれに対する不法行為の後である昭和三五年一〇月二日から完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を原告に対し支払うべき義務あるといわねばならない。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は右認定の限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 岡垣学 荒木友雄)

別表一、別表二〈省略〉

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